FC2ブログ

動画を紹介しましょうかい

同級生の友人たちのギター演奏動画を紹介。

会社から帰宅後、買いたてテレキャスターでジャガジャビヨーンっと汚い和音を奏でて疲れて眠るわたしには
「こんだけ思いどおりに弾けたら楽しいやろな! へんっ!」半分、
「ほんま、知らん間にこんな うまなって……」半分、
「へへー、おそれいりますー、コツとか合ったら教えてくださいませーゴマゴマスリスリ」ちょこっと

です!

1個目はGちゃんによる、Andy MacKeeの(忠実な)コピー
(これ、ギター1本ってすごくない? ちょっと最初意味わからんかったよ。)
パフォーマンスだなパフォーマンス。


わたし「なんで白いニット帽なんてかぶってるん?」
Gちゃん「あ? これ白いタオルやで」


次は、Hくんによるフラメンコ?(ただのアコースティック?)ギターデュオRodrigo y Gabrielaのコピー

似合うね! 似合うんだよ彼に!!!
1:30付近のぐわわーんって感じの音とかどないなっとるねん!

いやー、ほんと「どないなっとるねん!」の連続でアッパレ! です。
元の曲ごと好きになっちゃうよ。
わたしも手始めに小市民的なプレーンで着心地のよさそうなカットソーを着ることから始めてみるかな!
スポンサーサイト



日記の代わりは日記じゃない!


高校生のときかな、友人から電話掛かってきたと思ったら、急に、
「俺らは世の中のこと全部のうち、ほんの一部しか知らんな!」
って言われた。
なんか、全部って全部。有名な数学の定理から まだ明かされていない宇宙の謎や地球の歴史から 猫の気持ちから 誰かの恋愛事情から 明日の献立まで、全部って言ったら全部。
「一生のうちに、天文学的数字 分の 1(←分数)しか知らずに死んでいくんやな」
そう言われて、わたしは答えた。
「そうやなあ、あんたん家のお父さんの血液型とか わたし知らんしな」


NASAとか大学なんかで最先端の研究をしている科学者しか知らんこともあるだろうし、誰もまだ知らんこともある。
日本人しか知る必要のないようなルールもあるし、校則や社則もある。
わたししか知らんこともあると思うし、その子の家族しか知らんこともある。
ん? わたしが家の中でなくした缶バッジのありかは誰かが知ってることになるのかな?

「俺らの知ってることって何個ぐらいなんかな」
超途方もない問いかけにわたしは、「キリねぇー」と思った。
実際どれぐらいの桁になるのかな、「ワインビネガーの独特な臭い」とかもひとつにカウントするんか。わたしはいくつの臭いを知っているんだ。
明文化できない具合の話もいろいろある。(なんかこうグッと力入れた方がジャガイモの皮はうまく剥ける、とかコツみたいなものやらなんやら)

世界で歌われてきた/奏でられてきた曲のうち何曲を聴いたことがあるんだろう。
そのうちどれぐらいの曲について、誰がつくったかを知ってる? 誰が歌っているかを? 彼らが何歳の時に?


取捨選択なんて頭デッカチな言葉知るより以前から、わたしたちは自分のなかに身の回りの風景を蓄積していっている。
だんだん遠くまで思いが及ぶようになって、覗いてみたくなったり帰りたくなったりする。
遠くに誰かが居ることも知る。
そこにいるひとにとっての「わたし」はそのひとなんだということも知る。

だけど思い出すとハッとするね。
わたしはほんの少しのことを握りしめて死んでいくんだ。ほんのほんのほんの少しのこと。
おばあちゃんもそうだった、ジェロニモもそうだった、レオナルド=ダ=ヴィンチもそうだった(、はず)。

わたしが記しておかなきゃ誰にも残んない話、君が日記にでも綴ってくんなきゃなかったことになってしまいそうなわたしの発言、積極的に言いたくないような家族の問題。
個人的なことは切実なのにあんまりカウントされないなあ。
(そういえば、以前「あなたの日記帳の、俺に関する記述は消してほしいな~」という最低な暴言を吐かれたことがある。思い出すたびにかなしさが広がって、どういう意味かとか全然ちゃんと考えたことない。とにかくそれからわたしは日記をつけるのをやめた。)


わたしはものを知らん。
別に何かを暴くために生きてるんでもないんだと思う。
宇宙は広いな、ブラックホールは星を吸い込むんだ、びっくりだよな、ってことと、智ちゃんは赤飯のごま塩加減に厳密だな、アルデンテにもうるさいよな、ってこととは、わたしの地平では一緒だ。同列。多分。

なんの話だったっけ。
ああ、そうそう、書きたかったのは、
「俺らは世の中のこと全部のうち、ほんの一部しか知らんな!」
って、
「ほんまそうやな~」
って思ったよってこと!

おしゃべりは一生治らんしな

バルバロース! お色気むんむんかーい?
朝のヒグラシ VS 夜のスズムシ レディーファイっ!
おっとー? 両者ともに 真空状態ではセッく スアピールできないようだ!
どうする雌! どうした雄! 何を言っているの わたし!

「夏が終わる……」
そう言い残して智ちゃんがわたしの家を去りました。
ほんの3泊4日間滞在していただけとはいえ、夢のような週末が終わってしまって、わたしは さながら脱け殻のよう。
脱皮して何かになったわけじゃないけどさ…


……いやいや、智ちゃんて誰よ?
!!!! って感じですよねー!

智ちゃんはわたしの友達よ、高校生のときからの。
私も智ちゃんも ふたりとも生まれは大阪だけど、今はそれぞれ大阪から東へ西へ散ってる。
スラッとした女で、一度も染めたことがない黒髪がキレイな女。
風流とか雅とか、そんな感じ。趣味も渋いし。
パッと見は大人しそうで冷めてるように見えるんかな、クラスの冴えない男子からは「近寄りがたい」とか言われてたし。
腹ん中はけっこーカラフルで波乗りとかバーベキューとか好きな子なんだけど。

とにかくチョー融通がきくのが彼女のいいところ。
予定通りにいかなかったなんて理由で彼女が苛立つことはほとんどない。
(大学受験に失敗したときでさえも「ふぅん」って感じに見えた。)

その場にあるものでなんとかしようね、お金なんて持ってる方が出せばいいんじゃない、一緒にいるんだからどうにかなるわよ、ってそんな付き合い方をしながらイキアタリバッタリのおでかけを楽しんでくれる。
でも、その割りに頑固なところがあって、たまに何のアドバイスも受け付けてくれなくなるのだ。「いや、それはあかんやろ」とか言ってさ。
(最近だと何だろうな、靴の色とか? 「似たような靴ばっかり買ってるやん! この色似合うよーほらー」って3回ぐらいモスグリーンのサンダルを推したけど、「うん」とか言いながらベージュのサンダル買っとった。)

おいしいごはんとおいしいビールと癖のあるウィスキーが好き。
あと牛乳もかなり飲む。紅茶にもコーヒーにも牛乳をドポドポいれる。
夜中に小腹がすいたと言って、マカロニを茹でて塩で食べてた。

観葉植物をきちんと世話して育てている。
おんなじような緑の葉っぱの植物並べて、「この葉っぱええな」とか言う。「全部一緒!」ってわたしはよく思う。
智ちゃんの恋人は大変だろうけど、智ちゃんと暮らすのはとても幸せだろうな~。
智ちゃんと食べるごはんはおいしいもん。
スゲー イーオンナだと思うよ。



と、このように、誰かと話している途中で、相手が全然知らんような固有名詞を出すのが わたしは大好き。
わたしも最初はびっくりしたんだけど、そういうことをする友人と付き合ってるうちにわたしもそうするようになってしまった。
その友人(中学生のときの友人なんだけど。ナナちゃんっていう超おしゃべりな子。)の会話には、とてもナチュラルにわたしの知りえない人の名前が登場したんだ。
そのたびに、「え? それ誰?」「地元の友達ー」って簡単に答えられたり、
「むっちょって誰よ? わたしの知ってる人?」「あれ? むっちょの話せんかったっけ?知らんの?」と生涯わたしと同じコミュニティに属することのない"むっちょ"についての解説を始められたりしているうちに、わたしはその子のいろんな友達の名前を覚えた。
なんか、そうやっていろんなことを聞いてるのって、「わたしの知らないあの娘のいろんなことを垣間見てる」って感じで楽しかったんだー。
そこまでいっぱいあなたのこと興味もってるのよ! って感じもアピールできたし。

んで、試しに自分が話すときにもやってみたら、快感だったんだよね。
「高校のときの友達が遊びに来ててさー」って話し出すより、「智ちゃんが来ててさー」って言うほうが、いろいろ話す気が起こるんだよー。次から次へといろんなことを思い出すっていうか。
ぼっろぼっろ溢れるのさ。エピソードってやつが。

サザンオールスターズも歌ってたよね「そんなヒロシにだ~まされ~」って。
やっぱ、あれは、ヒロシなんやで。
ヒロシに騙された女がおった、って歌なんや、深刻やろ?

だから今日もいっぱい喋って言われたい。「誰だよそれ?」ってね
「えーっと、○○はわたしの××だよ」「知らんわ…」って会話ができるひと増やしたいね!
それがきっと大切だ!
(小説にでも書いてろってかい? やだよこんな個人的な話。何の問題も起きてないっつーの!)

コルベ神父の自己犠牲こそ、

小学生の卒業文集には、将来の夢を書いた。
当時、なれればいいなって職業はたくさんあったけど、(作家とか医者とか弁護士とか。あと、科学者とかファッションデザイナーとかね!)わざわざ言うようなものでもないなって感じてた。
それに、どれかを選んで書いたとしても、その道を外れたときのことを考えたらかっこ悪いなーと思ったら、書く気にならんかった。
思いきったことは書きたくないけど、いいこと書きたいなって欲はあった。

:::::::::::::::::::::::他の子の話::::::::::::::::::::
(当時、わたしの好きだった男子は「サラリーマンでいいです。起きて出社して働いて帰って、そういう毎日を…」みたいな作文を、不揃いな字で、だけど難しい漢字をちゃんと使って書いて、提出していた。
そしてそれを担任の先生に「ちゃんと書け」って返されていた。
あの子には珍しい文章を書きたいとかそういう欲はなかったんだろう。
あの先生は、あの子のことを気に入ってなかったんだろう。ひとことで言えば、全然かわいくなかったんだと思う。「炭酸水」の「酸」の文字が汚いとか言って理科のテストで減点してたし。まあ確かに汚かったんだけど、理科はあの子の得意科目だったんだよ。)

(あと、△△ちゃんが、「○○ちゃんと××ちゃんと一緒に住んであーだこーだ」って書いてて、もちろん○○ちゃんも「△△ちゃんと××ちゃんと一緒に住んであーだこーだ」って書いてて、「おい、卒業文集やぞ」って思ったっけ。今思えば、えー感じやったなぁあの子ら。)
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

それで、わたしは結局「幸せになりたい」ってタイトルで作文を書いた。
後悔しないように、とかそういう内容の。
ちっちゃな余白には、ニコちゃんマークにアンバランスな体をつけて、羽根もつけて天使っぽくした挿絵を描いた。
この内容なら、将来「全然叶えられてないじゃん」って言われないかなって思った。誰からもね。
言ったもん勝ちの土壌を耕す この姑息さは我ながらさすがだと思う。

だけど、全然読み直す気にならないな。
幸せになりたいっていうか、幸せと思われるひとでいたいっていうか、なんか12歳にしてそこらへんはごちゃごちゃにしていたし、どうせ内容なんて何にもないアッタマポカーンな文章だろうし、読んだら「うげ」って言っちゃいそう。
(読み直してないからわからないけど、多分。)


まあでも、今思えば、幸せになりたいって(それだけ取り出したら)とってもいい言葉だね。
なりたいよ、そりゃ。
もれなく幸せそうなひとにもなりたいし。
幸せ配って歩けるなら配って歩きたいし。

だからなんだ。

やっぱり自分の幸せっていうのは、自分で口にするとうさんくさくなるものだ。
思うに、幸せっていう言葉にぴったりくるのは「わたしの」じゃなくて(「俺様の」でもギリギリなくて)、「あなたの」なんじゃないかしらね。

「あなたの幸せを願っているわ」
ほら。
「あなたはあなたの幸せだけを考えて居ればいいのよ」
ほらほら!
「あなたの幸せなんて知ったこっちゃないわ」
Oh......

あー、自分を言いくるめるの快・感


heeeey!!!!! You! チャージ完了? はっしゃよーいっ
(ジャッポニッカがっくしゅッう チョォ~~)

さてみなさん、おげんこでっしゃろか?
まあまあええこと ありました?
わたしの身の上には、皮膚の下の肉をミシミシ削がれるようなイヤーなことと、
つま先をツルッと1回撫でられるような うれしいこととが1個ずつ起こったよ!
(イヤーなこととうれしいこととの間にギターを買ったよ! ジャンジャカジャーン!)
宝物は増える一方さ!

ところで最近友人に、「君は、時間の使い方が上手だね」と言われたズェーット!
(「見て見て。ギター買ってん。ええやろ。」って言っただけでやで。
 まぁ、会社勤め始めてからかーいって感じかね? )
その友人は多忙も多忙っていうか、いつでも誰かに呼び出されかねないような、まるで自分の肉を切って売るような生活をしているから、最近気分がすさんでたのかもね。
そいつは無粋なやつじゃないから、自慢のオニューのギターを挟んでそんなシケた話はしなかったけどね、実は気が休まらないような日が続いていたのかもな~? 聞いてやればよかった。

あっ、もしかして、みんなもそんな感じなのかな? みんなおげんこ?
誰かが「すべての仕事は売春だ」って言ってたよ。
(誰かがっていうか、確かゴダールが。
ゴダールがっていうか、『ゴダールが言ってた』って漫画家の岡崎京子が引用してた。
わたしはそれを読んだだけだ。)


時間の使い方…って言われると、有意義って言葉が浮かぶよね。
有意義・充実・後悔しない とかそういう前向きベッキーワーズ?
なんかむず痒いぜ。

ユウイギに過ごすって言ったら、消費だけで一日を終わらせないっていうようなことかな。
(そんな漢字二字の言葉で説明できるわけないんだけど。)
消費って言ったら、やっぱお金とか?
わたしは誰かと過ごすとき、金使いが荒くなる。
わたしは誰かと過ごすとき、ガンガンお金を消費したくなる。
ひとりでギターを練習しているときは、そういうこととは違うから、時間の使い方がうまいってことは、ひとりで過ごしてる時間が長いってこととほとんど一緒なのかも。
…何それ?


わたしの母はよく「時間だけはみんなに平等なのよ」って言ってたんだよ。
ある日、またそう繰り返しながら、本棚から『モモ』を取って渡してくれた。
わたしが小学生のときの話だよ。『モモ』はミヒャエル=エンデが書いた物語だよ。
『モモ』の装丁はかっこよかったなー、硬いケースがついていて。
(そういえば、親が買い与えてくれる児童書って親は全部読んでたのかな?
 どのタイミングで? なんか想像してみると不思議だズェーット!)

そっかー。そっかそっかー時間はみんなに等しく流れとるなー、1秒の単位って絶対だよなー。
1秒って誰が決めたんやろな、「ハイッ! これが1秒! ハイッ! これが1秒ね! わかった? これね、これ、ハイッ!」って?
キャッキャッハッハッ キャハハハハ
そう信じて疑わなかった他のある日、(大学3年生のときかな、)何かを教授に相談しに行ったら、こう言われてあんぐりだったよ。
「あなたは今を生きることもできるし、未来に生きることもできるよ。
 過去にとらわれて生きることは過去に生きることだと僕は思う。
 ほら、時間なんて、いつだって同じようには流れてはくれないものでしょう?」

えっ。

「何かを待ってる時は ながーく感じる30分が、楽しいときはすぐでしょう?」

それはそうだけど、えっ、時計で測ったらおんなじ30分だし、えっ…

「子どもが遊びに没頭しているときってのは今を生きてるんだぞという躍動感があっていいよね… 生の躍動…」


ママが言ったことと先生が言ったこと、どっちも本当だよなー
ほんで、多分どっちもそんな変わらんかもしらん。年上の言うことは ようわからん。

消費が悪だなんて、今になってわたしは思わん。
あるものはガンガン使っていくべきだってヒッピーみたいな靴屋に教わったし、そう思う。
それは、稼いだお金でもいいし、もらった石鹸でもいいし、捨てずに取っておいた包装紙でもいい。
便箋を消費しながら手紙を生産するのは、わたしにとっては消費だ。
その表現の方が、今を生きてるって感じがするよね。

ギターを買って、少し練習を続けてみて、ピックを見たらひとつの辺が削れていたのがうれしかった。
ピックが邪魔に思えて、指で弾いてみたら、右手の爪に傷がたくさんついた。
それを見て、「あーやっとるやっとる」って実感がわいてうれしかった。

同時に「このまま指で掻き鳴らすのを続けたら、爪が変形してすごい後悔しそうだ、いや、するな。後悔するする」とも思った。
そういうのを未来に生きてるって言うなら、未来に生きなきゃ女らしさは身につかなさそうだと思った。

そういうことだよねー。
明るく生きることはまるで今の快楽だけを追ってるように聞こえて「メキシコ人は気楽でええね、何がそんなに陽気にさせるんだ?」ってな論理がはたらく日々だけど、それだけじゃむなしくなるのを知ってるじゃん、メキシコ人も日本人も。
だからさ、化粧品のコピーみたいだけど、やっぱり今の自分の積み重ねが未来の自分なんだって。
そりゃそうだろ!
ただし、今が未来をつくるんだっつったって、どうせ未来の自分も未来の子孫も感謝してくんねーぞって!
そこんとこ、すがったっていいことないから諦めとけよって 今日の発見!
爪いたわりたいなら、あんたが勝手にいたわってなさいってことだよ。
それは未来の自分に後悔させないためじゃなくって、今の自分が正気にならないための仕掛けって感じで よろしくたのむよ! あみーごぅ!

7月は既に夏だった

こんなに暑いと参っちゃうね!
機械のトラブルで炭酸飲料を提供できなくなっているマクドナルドを後にして、「あーあつい」とうなだれてしまったよ。

自分で差した日傘の陰を ちゃんと有効に使えてるか確認しながら歩くから、こんな暑い日はうつむき気味だ。
「あーあつい」と言ってアスファルトを見ながらひとりで歩いていると、ふと小学生のときのことを思い出した。
小学校卒業間際、小学6年生の3学期だ。
学年のみんなが視聴覚室に集められて、近所の教会の神父様がやってきた。
卒業を控えたきみたちへって感じの講話のために。
灰色のカーペットにべたっと座ってさんかく座り。ありがたい話かー、なんか教訓めいたやつね、それか希望にみちた未来に万歳とかそっち系? 終わったあと感想文書けとか言われんのかなー、そわそわそわそわっ、あ、始まった。

みなさん卒業おめでとうございます。身の回りのひとに感謝しましょう。
…………うん。

~~~~
世界にはお金持ちの国とお金に乏しい国とがあるのを知っていますね。
アメリカやヨーロッパや日本では、たくさんビルが建って、車も食べ物も余るほどあって。一方で、今日食べるものに困る子どもがたくさん居る国もある。みなさんはそのことをどう思いますか?
他の国のひとたちも、日本人やアメリカ人のように、もっと働けばいいのに、と思いませんか?

…………えっ?あんまり思ってないよ、働けばいいのにとか。っていうかそんな風に一歩進んで考えたことない。


私がインドに行ったときの話をしましょう。
私は思っていました。インドのひとも日本人ぐらい働けば、もっとお金持ちの国になるんじゃないかって。
インドはね、私が行ったインドはね、とにかく暑かった。
インドはね、思っているより暑いんです。そしたらどうなると思いますか? 暑いとね、人間は長時間働けないんですよ。
私は、あー、そうか、と はたと気づきました。ここのひとたちは働かないんじゃない、働けないんだって。
暑いから。
本当にね、暑くってね、私もとにかく倒れないように過ごすので手一杯。暑いんですよ。
炎天下にいたら からだがもたないですからね、みんな建物の日陰にからだを寄せて座ってるんですよ。道の真ん中は暑いから。
少しからだを動かすと汗がだらだら流れて息切れがします。暑いなかで動くのは体力を消耗するんですね。
いや~暑いなかでは働けないって思いました。

………………何の話?
ずっとインドが暑いって話じゃん。
それってどんな教訓につながるわけ?
夜中働けばいいってこと…? 違うよね、わたしたちの卒業とどう絡むのかなこれ…


皆さんもまわりのひとに感謝して生きていきましょう。卒業おめでとうございます。

……えっ!

インドが暑いって話だった!

卒業に寄せて!



今でも炎天下のなか、道の真ん中を歩くと思い出すあのときの違和感。
記憶は歪められていくけど、なんだかびっくりさせてくれたひとのことは忘れないものだね。

暑いからってそこから引っ越すわけにもいかないもんだ。そんなことをヨソから言うのは、とってもいけないことだ。
(最近、「いやなら出てけば?」「 引っ越せばいいじゃん」の秘めてるすごい暴力性についてよく思う。ふるさとパワーって絶対いろいろあるじゃん。)


あの神父様は働きたくても働けないひとが居るってことに、何か思い当たることがあったのかもね。
悲しい誤解とか、あったのかもなって今なら思う。
圧倒的にどうしようもないことなのに全然わかってなかったよ! って状況か。
あんまり思いつかないけど……
まあ、あるってことか。ふーん。


しっかし 暑かったんだろうなあインド。
インドの道の真ん中って暑いんだろうなあ。
メキシコも暑いんだろうなあ。さいたまも暑いよね。瀬戸内も暑いだろう。

免疫力の低いみんな、しっかりしなはれよ!
8月は夏だな!

 | HOME | 

26歳・女です。

twitter@koyama1987やってます。メールはこちら

Categories

Recent Entries

Archives