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ギフトプレゼント贈り物の話


へへっ、こんばんは
挨拶もままならないようなセンチメンタルな夜です。

中学生の頃に身につけたもののひとつに、仲良しグループ内での贈り物の習慣がある。
誰かの誕生日とか クリスマスとか 年がら年中いろいろなチャンスを見つけては、昼休みに机を寄せ合ってキャッキャとはしゃいだものだ。自分の誕生日の前はそわそわしたし、プレゼント交換の品を選ぶ時の頭はフル回転だった。
中学生が終わって 高校生になって 大学生になって 使えるお金や時間も自由がきくようになって、わたしは今日も贈り物を受け取ったり、贈ったりする。15歳のときより、ちょっぴり高価で手のこんだ贈り物を。


どんなプレゼントをもらったって、わたしのことを思って選んでくれたってことが まず嬉しい。
ギフトの数だけ「あの子、こんなの喜びそうじゃない?」があって、たくさんの正解例がある。
そのことをよく知っていると、プレゼントは贈るのも贈られるのも楽しい、嬉しい、ラブに満ちている。
更にそれがガチッとハマるとグー
プロレス技もばっちりかかるとエキサイティングでしょ?

仲良しグループで特に楽しいのは、グループ内のお約束ができること。
こういうことは、どんなに細かく説明したところでヨソサマには伝わらない温度があるものだけど。

わたしが高校生時代を一緒に過ごした女の子たちの間では、いつからか誰かの節目には、それ以外のメンバーが協力してひとつのプレゼントをせっせとこしらえるようになった。

お祝いの気持ち×(実用性を備えたもの×寄せ書き×手作り共同作業)×ふざけた気持ち
かけ算が得意な女の子たちが作り上げるものは、誰も見たこともないヘンテコリンなブツばかり。

この春、わたしは初めてそれをもらう側に立って、袋を開けた瞬間の「ナンジャコリャ~! 一見したところ何かまったくわからないぞ…!」という気持ちを味わうことができた。

話を聞けば、就職を機にひとり暮らしを始めるわたしへの部屋着を作ってくれたそうです。
わたしはポケットが大好きだから、誰かが調達してきたワンピースに、みんなでポケットをたくさんつけてくれたみたい。パンツやらガマ口やらいろいろ工夫を凝らしてね。
最初はそこに色々おもちゃを入れようって話だったみたいだけど、裾の方にはおもちゃが直接縫い付けられてて笑っちゃった。
片方の袖には鍋つかみが付いているし、腕の星は暗闇で光る仕様だし、役に立つやら立たないやら!

でも、きっとこの部屋着がクローゼットに掛かっていれば、さみしくなりそうな時も笑って過ごせそう。
見る度に新しい発見があるような、そんなプレゼント。
楽しい、嬉しい、とにかくユニーク!


という画像です。
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法則はどんなものでも尊い

もう10年も前、高校生の夏休み、カミュ『異邦人』の読書感想文を書いた。
主人公のムルソーは正直者で驚いた、と書いた。
わたしは原稿用紙5枚の文章に何度も出てくる"ムルソー"の名を、全部"ルムソー"と書き間違えていて、提出前に書き直すのが大変だった。
だからわたしは いつまでたっても『異邦人』について何かを思うとき、毎度毎度はじめにつまずく。
「"ルムソー"? "ムルソー"? どっちだった、あの正直者は」


昨日、友人とふざけて喋っているときに、「ねぇ、もしもわたしとあなたが本気で殴りあったらどっちが勝つかな」と尋ねた。
友人は「俺、負けると思う~」とへらへら答えた。
わたしは、こいつは腕力に自信がないのか? と思いながら、何かちゃちゃを入れた。その後で、彼はひとを殴りたくないし殴らないって意味だとわかった。
「手加減しちゃうか」とわたしは聞いた。
彼は「手加減も実力のうちかな」と笑った。

明日の予定、新居のために買ったカーテンの裾を調節すること

衣替えの季節に、読書感想文は真っ赤な検印がポンと押されただけで返却された。
なんとなく がっかりした。
黙って学生鞄にしまいながら、わたしが正直に生きるには、まだまだ道は遠いなと思った。

『MUSICMAN』と地震に

2月に心を動かされたもののひとつ、
桑田佳祐の新しいアルバム『MUSICMAN』

去年の紅白歌合戦で初めて耳にした「それ行けベイビー!!」という曲が、とにかくよくて、アルバムの発売が一気に待ち遠しくなった。
それはもう心地よいメロディーに、あらゆる憂いを削ぎ落としたやさしい言葉が乗せられたポップソングで、ギターとボーカルだけの穏やかだけどポッと明るい灯火みたいな音楽。
「このひとみたいに、ずっと青春を駆け抜けるような気持ちで生きていけたらいちばんいいな」と思わせてくれる大人は素敵だ。
そういうひとが掛けてくれる励ましの言葉や ねぎらいの言葉はストンと心に落ちてきて、じんわり広がる。まさにそういう体験をさせてくれる曲だった。

わたしは桑田佳祐のつくった曲を知っている。桑田佳祐が去年、闘病生活を送っていたことも知っている。
それが過去の出来事だって思ってる。桑田佳祐は復活したんだ、それからまた歌ってる、いい曲だなあ、って。
喜ばしい気持ちはどんどん増幅していく一方よ。わたしは桑田佳祐の『MUSICMAN』を聴くたびにいいなと感じて、桑田佳祐のことを思うたびに彼が病気を克服してくれてよかったと思う。


何回だって思うこと
わたしたちは駆け抜けなきゃいけない。
かなしいときや不安なときは、特に必死に駆け抜けなきゃいけない。
ローリング・ストーンみたいな話だよ。




3月11日に東北地方太平洋沖地震が起きて、たくさんの命がプツリと途絶えた。
わたしはそれをテレビやラジオや新聞、インターネットを通じて知った。
人間の命が数字で表されて、どんどん増えていくのは見ていてつらい。
その1の重みは、桑田佳祐が生きている1と同じものだ。わたしが生きている1と同じものだ。
どんなに奥歯を食い縛っても戻らないカウンターは残酷。どうやって見届ければいいかなんてわからない。

わたしは、次の瞬間どうなっているのかわからないこの状況のなかで、尽力し続けているたくさんの1を、心から信頼する。
この災害に寄せて、感心したこと、誇りに思うこと、ありがたく思うこと、数えきれないほどにあった。
だから、たとえば、宅配業者からの「お預かりしている荷物の到着が遅れます、申し訳ありません。到着時刻の見通しも今のところなかなか…」って連絡に、ちゃんと敬意を払う。
走り回っているひとがわからないって言ったら、それは本当にわからないものだってわたしは知っている。自分が困るからなんて理由で誰かを困らせちゃいけないって、いつか誰かに習った。

それから、そうやって駆け抜けた先には、穏やかで明るい時間が流れるんだってたくさんの大人が教えてくれた。
だから、祈るときは、そのイメージを信じなきゃと思って祈る。


最後になりましたが、被災地の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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26歳・女です。

twitter@koyama1987やってます。メールはこちら

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