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プロフィール画像変えました

わっはっは!
トップページの右側の画像を交換したよーん!
半日かけて化けて写真撮ったよーん!
自分家のパソコンがぶっ壊れて初期化したら使い物になんなくなったから、全部友達の家でやったよーん!ガッハッハ!

ちなみに、もともとのコンセプトは「マンドリル」です。
5日前に実物のマンドリルを見てきたという女友達に見守られながら、鼻筋を赤く赤く塗りつぶし、頬を青くそして透けるように青く塗りました。
そこからは、彼女の作った貝殻目玉をおでこに貼ってみたり、首筋に事務用まんまるシールを貼りたくってみたり、やりたい放題でした。
そして撮影。(今回の写真群はクリックしても大きくならないよ)

まず1枚目。げんきが有り余ってますわ。


これが36枚目。なかなか思い通りに撮れずにふたりで迷走中。
36枚目、迷走中

垂れ流し音楽を、ずっと1曲リピートで聴いていた『ストレンジ・カメレオン』(The Pillows)から、JUDY AND MARYのごきげんアルバム『FRESH』に換える。
げんき復活。44枚目。たちが悪いくらいのハイテンション。ブレルブレル。
44枚目復活祭

いい感じのも撮れ、ほっとしてくたびれて、このザマ。69枚目。
69枚目終焉

あーたのしかった。
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文学と音楽とわたしと

パーリラッぱりら パーリラッ(ふぅわッふぅわッ!)
はいさいはいさいアロハオエ!あつさ.さむさもアロハオエ!

言うてますけどもー ねー
わたしのなかで、自分の好きなものランキングを作りたいと思い立ちました。シュタッ
わたしにはねー、好きなものがたくさんあります。(友達とかを入れると、なんとなくいやなので省きたいと思いまーす。)
文学とか音楽とか好きだなー。文学やってるひととか音楽やってるひとって、なんかそれだけで「いいひとそう」って思えちゃうもん。
で!も!
わたしは今のところ、文学を読んで感銘を受けて、「文章書いてみよう!」とは思う、そして書いてみることはしています。
だーけど、音楽を聴いて「音楽つくってみよう!」とは少し思ってみても、実際は音楽をつくってみてない。
それを意識したとき、「あ、わたしまだ音楽のこと文学並みには愛せてない!」 と思いました。
あ、今書いてて思ったけど、まぁ音楽もやってみようかなー、わたしにはまだ、音楽のこともっと好きになれる余地があるってことかー。それは やってみたらいいのかも、って感じだな。
「音楽については シャシャリ出ない方が、音楽やってる人と仲良くなれるかもっ☆」とか思い込んでたけど、たぶんド勘違いっぽいて今日気付いたんで、やーめピッピッピッ

何の楽器しよっかなー

なはなは2

20090317133919
20090317133917
今 正に 今 です

そぼくがいちばん

こんにちはー
休学届け出してきました、とりあえず2010年3月までは夢見がちなランナウェイ。
なにかと多忙な日々にしていく所存ですが、いつでも呼んでね、とんでくよ。

昨日半日 友達と過ごしていて思ったんだけど、
「交通費とか飲み代とか、そういうのを含めて交際費って言うなら、わたし交際費のために働かなくっちゃな。会えば こんなにいろいろ嬉しいんだもんなー」
ねー、交通費くらい稼いどくし、だからほいほい呼んでくださーい。

++++++++++++++++++++++++++++++++++
っと、そこまではよかったものの、未だに「隣人愛に溢れた人間」と「節操のない人間」の区別がつかないわたしのようなハスッパ娘の行く先は なかなか不安要素が山盛りです。
挙句 道端で会ったイラン人に後日呼び出されてペルシャ語で求婚される始末。
「ジャポネ、イラン、こけん、こけん」
これがほんとの”ディスコミュニケーション状態”かぁ、と思いながら「わたし、ママ。こけん、してる(男友達の写真を見せる)」 と必死で嘘を吐きましたが、きっと嘘ってわかってたんだろうなぁ。
とても憐れな表情をしていたし、でも日本語も英語も話せないで「嘘吐くなよ」とすら伝えられなかった彼はなんてカワイソウなんだろう、と思いました。
ってゆーか、それでは結婚せんやろ。
(一瞬わたしの旦那さんになった男友達、勝手にごめんねー)

Far France(from west tokyo)

昨夜 観に行ったスーパーノアのイベントで、はじめてお目にかかったバンドを紹介したいです。
わたしめのライブを観ての感想は「左で弾いてるベースのひとがエロチック」「音がでかい」「かっちょいい」「歌詞ききとれねぇー」「売れてほしい」「この曲かっこいっ」「いや、ベースのひとが、もう…(ジュルリ)」「うわー、いいー!!!!」って感じです。
一回きいてみーやー。 わたしは音楽やってないからそこそこ気楽にライブ楽しめるけど、すっごい疲れたんだよ!



ちなみに、1987年生まれ。わたしと同い年。
だから彼らはこの動画のとき、19か20。・・・・・・!!!!!
わたしは音楽やってないからまだマシなんだろうけど、普通に嫉妬です。
(わたしはこのバンドを見て、「あ、わたしブログに音楽紹介のカテゴリつくろーっと」って思いました。そのくらい、ほんとうに応援したいと思ったんだよ。←特にベースのひとを。)

またいこーっと!

いえーい!
いえいえいえいえいえーい!
今日初めて知ったことだけ書きまーす!
「そんなことしったこっちゃないぜ」なんて言わないでくださーい!
聞いて聞いて、わたしのはなし!

◇飲み屋にて◇
去年、わたしは 大学の学祭に乗じて 仲いい周りの人らと居酒屋の模擬店をしましたー。
そのときに、ほんまにふらっと外部から来てくれたお客さん夫婦が居ました!
模擬店開催中に、わたしは店員としてその人らとたくさんおしゃべりして、たくさんお酒をご馳走になりました。ほんまにありがたかったです。ほんとに。
その人らは、夫婦ともども前の職場をもう退職してはって、週末に小さな飲み屋を経営していると言ってました。
今日は、その飲み屋にふらっとひとりで行ってきました!!!

そしたら。ご夫婦ふたりとも、わたしの来店をすごぉーーーい受け入れてくれはって、わたしが模擬店のお礼を「あのときはほんまにありがとう。嬉しかった!」って言ったら、すごい笑顔で「どういたしまして。今日は来てくれてありがとうね」って言ってくれました。
あぁ、これは、きもちいい、って思いました。

たまたまわたしの横で飲んでたお客さんのおっちゃんも、近くでお蕎麦屋さんをしているらしくって、お互いこの飲み屋とお蕎麦屋さんを行き来してるって言ってました。
はい、お待たせしました、今日私が初めて知ったこととは!じゃじゃん!
「お店やってるもの同士のネットワーク、すげぇ!」
ってことです!!!!!!どこで誰がお店やってるかってこと、むっちゃ知ってはる。
やっぱなー。何かやろうと思ったときに横のつながりって大事なんだねぇぇ!!

はいおわりー!

◇最近の受信メール大賞◇
あいたいっていってくれるの嬉しいから今日のうちにあいにいきます~(くまの絵文字)
たぶん11時半前(うさぎの絵文字、しかも動いてる)

バイトいかなきゃ

ピンポーンってインタホーンの音で目覚めた30分前。
「佐川急便デース、HMVさんからのお荷物デース」

髭(HiGE)
『D.I.Y.H.i.G.E』
チャットモンチー『告白』

うわぁーーーー
今 曲の最初の方だけ(さわりっていうの?こういうの。ププ)聴いてたけど、もう!ずっときいてたい!ちゃんとききたい!
正午からバイトだからどうしようもないけど、「ちょっと今どうしても聴きたいCDがあるのでやすませてください!」って言えないのって、不愉快だぜー!!!!
とりあえず、チャットモンチーが言うところには「ハイビスカスは冬に咲く」らしいよ!
え?「この気持ちが乾かぬようニー」ってか!ひげー!

最近ゴキゲン過ぎて自分が怖いです。ナンテネ
でもほんと。このCD持って、ゴキゲンになれないわけがない。

知らない人がいたら、知っとけ!わたしが損はさせないよ!
迷ってる人がいたら、是非、聴け。できれば買って、アーティストに還元したまえ!

ONEPIECEを捨てブログを読め

あーあー。今日のブログはエグいから、いつもみたいにあんまり興味本位で読まないほうがいいよ。
多分、読むのに心を使うし、読後に「見捨てないで」って声が残ると思うから。
何度もこのブログでも言ってるように「気付いてしまった以上気になってしまう」ことはたくさんあるからら、引き返すなら、今だよ。
こうやってチャンスを与える理由はふたつ。ほんとにあなたに申し訳ないってこと。そして、わたしが今から あなたの心をないものとして扱うため。つまり わたしの心のリミッターはずし。言い訳。自覚的な言い訳ほど罪なものはない。「罪として自覚していること」を罪とみなさなかったら、ひとは自覚的なら何をしてもいいことになる。殺人も。テロも。
だから、今日のブログは人に見せてもいい、見せるための文章じゃない。




たぶんここからの文章を、わたしにこんな更新をさせるきっかけを作った無責任な男2人は読まないだろうからその事件について書く。じゃないと、あなたがせっかく最後まで読んでくれても、「あれ?で、なんでいきなりこんな文章アップするに至ったの? 何かあったの?」って疑問が解消されないだろうから。
その事件について簡単にまとめると、わたしの発言に対して「おまえの言葉は無責任だ、何を言ってるんだ?どういうつもりで書いているんだ?」とそれはそれは真剣な面持ちで尋ねておいて、わたしが以下の内容と被るようなことを語ったら尻尾を巻いて逃げ出した。2人とも極上にやさしいひとだけど、「ごめん、君の言うことを僕はわかってあげられないかもしれない。つかれた。僕には重すぎる。」と口を揃えた。
正直に言う。わたしは2人を信じていたし、だからこそ道化を演じてきた。
なのに大事なギリギリの場面で突き放すなんてなんて仕打ちだろう。絶望したよ。
でもあれだ、今回の一件で(2件か)証明されたように、結局わたしが折れてあげないと駄目なんだ。
わたしが受け止める側に回らないと、この〈わたしと彼〉×2 の関係は成り立たないのだ。
しょうがない。わたしは大丈夫。2人のことは好きだから。
わたしは生きるために、「一度好きになったひとのことを嫌いになること」を自分の禁忌と定めたから。
それがわたしが壊れないための最後の一線だから。
だから、安心して。大丈夫。わたしはあなたを見捨てたりはしないし、ほんとに無理せずあなたのことを好きで居続けられるから。それがね、他者に対して、つまり自分以外の人間に対して、わたしが唯一持ち合わせたやさしさってものなんだよーん。


はいこっからやっと本文ー! ここから先のあなたっていうのは、まさに、今この文章を読んでいるあなたのことを指しています。
ブログを書く上で、わたしはあなたの視線がすごく気になる。
あなたにかわいがられたい一心でブログを書く。
でもそうして書いた文章はあざとく、ただ奇をてらうか媚を売っただけの下品な文章になる。
そういう馴れ合いはブログという場で書かれるべき文章に、必要不可欠な要素だ。
「わたしとあなた」の絶妙な距離感、あくまで重なり合えない他者性のアピール。これはわたしとあなたが、お互いを壊し合わないために敷いておくべき予防線。
ブログはまだ、その形態として、「他人を破壊してはいけない」というムードが一般的だ。
だから、この文章は、わたしが思うに「ブログ界の暗黙の了解がつくってきた良識」から逸脱している。もう一回言うよ。そんなこと わかってるんだよ。
逸脱とか、そんなのはね、本人にとってはたいした問題じゃないんだ。
だけど、わたしは、あなたに、かわいがられたい。
あなたがわたしに言ってほしいことを言ってあげたい。
あなたがわたしに求めることばかりしてあげたい。
でも、あなたは「ほんとうのおまえをえぐり出して俺/私に見せろ」と口では言いながら、あなたがわたしに許したことは「ほんとうのわたしをある程度えぐり出してあなたに見せる」ことでしかなかった。
あなたはそのことがどれだけわたしを不快にさせたか知らないでしょう?
わたしはあなたにかわいがられたいってほんとうに思っていたから、あなたの矛盾には気付かないフリをしてあなたの仕掛けたゲームに乗ってあげたけど、なんだ、はやく負けろよ。
「ゲームに乗った」って自覚したわたしが「ゲームをしている」自覚のないあなたに勝てるわけがないだろう。自分に有利な駆け引きを、わたしがあなたにできるわけがないでしょう。そんなことしてまでわたしはあなたにかわいがられても、意味がない。わたしの駆け引きに現を抜かすあなたの姿を見れるわけがないでしょう。
こんだけあなたを暴いておいて、どうしてそこは妥協するのって?
わたしがあなたを嫌いになりたくないからよ。その駆け引きはわたしにとってリスキーすぎるからよ。
一度好きになったひとを嫌いになれてしまったら、わたしはもう、ほんとうに自分を許せない。

あなたはこうも思うでしょう。あなたが女でなければより強く こう疑問を持つでしょう。
「おまえはなんでもかんでも愛の問題として語るけど、なんでなの?」って
それはわたしが愛に執着しているからです。そんなこともわかんないのかこの餓鬼が。
こんなことを言わせないで。この話まで話させないで。
わたしを愛してくれた唯一の人間は、最後に結局わたしを見捨てた。彼の言い分はこうよ。
「僕は君を愛しているから、僕は君を利用することも試すこともできない。もう駄目だ。君がよくても俺が駄目なんだ。勝手でごめん。ほんとにごめん。」
今のわたしと一緒じゃないの!もう! どうせこうなるから言いたくなかったんだ!!
やだやだ、彼はほんとに賢いひとだから、わたしがこうやって今みたいに暴力的な愛を再生産する危険性まで見越していただろう。こんなに迷惑な危険性、やさしい彼が許せるわけないんだよ。
だから、彼はきっと、その危険性まで気付いていながら目を覆うしかなかったんだ。
それかほんとうにわたしのことを「おめでたい女だ」とコケにしていて、再生産しないほうに賭けたか、ね。
そんな彼を、わたしはほんとうに憎みたい。憎んで超えてしまいたい。はやく彼をただのジャンプ台にしてしまいたい。わたしは彼をはやくわたしのほうから見捨ててやりたい。それか、もういっそ、死んでほしい。
大袈裟に言ってるんじゃないよ。特定の人物に対して 死んでほしい なんて言葉、よう言わん。私だって今、この文章を書きながら初めてこの自分の醜さを直視して、戸惑っているんだから。
どうしよう。どうしよう。わたしがこんなこと思ってるって知ったら彼はなんて思うんだろう。
今までどおり、わたしの一歩先、わたしよりもっと上空からわたしの憎しみを笑ってくれるかしら?
そうだったらいいのに。その可能性に賭けて、もう一度わたしは彼のやさしさのなかでふるまいたい。彼が仕掛けた大きなゲームの存在に気付かないまま、わたしも無邪気にゲームに乗りたい。
そうすれば、わたしは、彼への愛情を惜しみなく彼にぶつけられる。

彼を失ってから わたしが欲しかったものはただひとつ。
わたしがどれだけ愛してもわたしを見捨てないひと。
彼以上に自分が注がれた愛に対して責任を持ってくれるひと。
彼以上にわたしの愛に耐えてくれるひと。
彼以上にわたしのしてほしいことをわかってくれるひと。
彼以上にわたしのしてほしいことを喜びを感じて行ってくれるひと。


自分の親に対してその愛の不誠実さを暴いたわたしなんかに そんなひとをさがすことが許されるのか?
冒頭で言った2人の男とは、1人はこのブログを読んでくれてる高校からの友人。もう1人はお父さんだ。
お父さんはわたしに言った。メールで言った。
「家族だからこそ厳しくなったり優しくなったり 許したり許さなかったりってあるよな 身内やから逃げたくても逃れられない点があるのも事実やし 逆に理屈なしに一体になれる点が多々あるのも世の常やし なんや難しいから疲れる」
わたしの言葉を受けて、そこまできちんと真実に向けようとしてくれてる態度は、否応なくわたしのからだを震わせる。
そしてわたしの胸はキチッキチまで詰まる。
しかしお父さんは、結局わたしが真実に目を向けざるをえない唯一の原因を知ろうとしない。
ただその一点。ほんとに勝手な話だけど、わたしにとって致命的なこの事件の存在を知ろうとしないこと、それだけ。でもわたしにとってはこれ以上はない大きい一点。
その一点で、わたしはお父さんを越えるしかないんだと気付かされる。
あーあ。そうね。いたわる側にまわってみるわ。まぁお父さんにもお父さんなりのいろいろがあるんだろうけど。
わたしはほんとに捨て身になることを許してほしかっただけなのに。
「自分の居心地の良い場所こそ、あなたの居場所なのよ」と言い続けて、わたしを愛し続けてくれたわたしの両親は、親として目いっぱいの愛情を注いでくれたとほんとに思ってる。それは並みの覚悟じゃできないことだ。両親も両親なりに捨て身だったのだ。
だが、どうしてだろうか、わたしが親になったことがないという理由だけだろうか、両親なりの捨て身の愛は、わたしの虚無感を埋めてくれはしなかった。
わたしはただ、親という立場がなかったとしても、お父さんにわたしを好きだと言ってほしかった。
わたしは、彼に見捨てられてから毎日毎秒、彼の呪縛からわたしを救える男を捜してた。
お父さんのこと、ほんとにやさしい男だと思ったから、わたしはお父さんがわたしを救える唯一の男と見込んで、だから、最初は娘という立場を利用しながら、わたしの傷を見せようとしたのに。
やっぱり お父さんは結局わたしを「結婚して子供を産んで幸せをつかめるたくましい女」の一味だとみなしてるんだろう。
わたしはお父さんを越えてしまったから、もう前の親子関係には戻れない。
お父さんは「あえて時間をかけてもいいと思う」なんて言葉でわたしのギリギリの今をかわしたから。
わたしのなかで、彼はもはやパパをも越えてしまったのか。

さすがにそろそろわたしも満足してきたので、そろそろゆっくり休みたい。これでやっと休める。
わたしはこの7文で告白を締めくくりたい。この7文が今のわたしの真実だし、この真実こそ最後までこの文章に付き合ってくれた「あなた」を解放してあげられると思うから

愛について、より真剣に、より精密に、より厳密に考えられるのは、わたしではなく彼だ。
ただし、彼は結局男だから、彼はその愛を体現できない。
わたしは、彼が考えた愛を体現できる唯一の存在になってあげたい。
そうやって、わたしは彼を追い詰めてやりたい。それが彼の望んでることだと思うから。彼さえ望んでくれるならば、わたしは喜んで彼を追い詰められるだろう。
それがわたしのすべてだ。

矛盾しないことってあるのかしら

わたしなりの愛しかたー!

昨日よっパラっぱらって、あーだこーだ感じるままにわめき散らしていたら(ほんとにわめくだいめいわく。わくわくいわく、いわくつき!YO!)、きづいたことがあります!
世紀の大発見!

愛情の問題。ってことは生き方の問題!
この問題に興味ない人は、ほんとにおわってると思うからほっといて。
愛する方ががんばればどうにかなるかも、という可能性に賭けるひとと
愛される方ががんばればどうにかなるかも、という可能性に賭けるひとが
いる!!!!!(以下、前者をAのひと、後者をBのひととおきます。)
AとBの違いはね、たとえば「お母さんがわたしを愛してくれている」ことについて、Aのひとは「その愛はお母さんのもの」っていうイメージをもってる。Bのひとは「その愛はわたしのもの」ってイメージを持ってる!これは全然 質が違う!!!
逆に、自分が誰かを愛する場合、Aのひとはその愛は自分の問題だと思っている。Bのひとは相手の問題だと思っている。

結局すべてを相談したくなるのは自分とおなじ分類の方の人!
付き合っててキモチイイのは自分と違う分類の方の人!
わたしはA!
だから、たとえばわたしの場合、Bのひとと付き合うと、お互いの「自分なり」が良くも悪くも重ならないから、認め合える可能性がある!すごく未来が明るい。健全!だけど、「わたしなりの努力のしかた」と「相手なりの努力のしかた」が異質すぎて、そこがフラストレーション誘発!!!ぼんっ!
一方、Aのひとと付き合うと、お互いの「自分なり」がしっくりきてきもちいい!心から同意できることがたくさんあるのはうれしいことだよ!だけど、突き詰めて仲良くなると、概してどーろーぬーまー!!!!!相手に対して感じることがそっくりそのまま自分に返ってくる!そこで、アイデンティティの危機!ピー!!
だから、わたしのすべてを相談したくなるのはAのひと!
わたしとロックの趣味が似てる人はAのひと!
素直に応援できるのはBのひと!
わたしのお母さんはBのひとだったからわたしをAに育てたんだと思う!
(大丈夫です、お父さんはAのひとだと信じてるから、わたしはきっと狂わない。)

ここから恋愛感情に限った問題!(てことにせんと生きれん)
わたしが狩猟本能をかき立てられて、ぞっこんになるひとは、「わたしに興味がないひと」だ!つまり、出会ったときに「あ、このひとは友達としてでは無理だ。赤の他人か恋人になるかしか、このひとの何かをゆるがせられなさそ-」ってわたしに感じさせるひとだ!
だけど、そういうひとって、ものすごく偉そうなイメージ。
そういうひとはAのひと!AAAAA!
だから、わたしは相性のいいひとを選べない。
わたしと相性のわるいひと(=お互いにとって、お互いの存在が凶器になるひと)を好きになる癖がある。
そして、わたしにとっては「愛することが」「愛されることよりも」大事だから、自分から好きになるパターンしか認めていない。
はい、ちーーーーん!

相手のすべてを理解できなくても分かり合える関係なんか、わたしは要らないよ!
えらそうで自傷行為しがちなBのひとが周りに居れば、紹介してくださーい。パパー

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26歳・女です。

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